「AIが奏でる“人間らしさ”という病」vol.1

AIが、ボン・ジョヴィを歌う? スリップノットをブラスバンドで聴かせる?──そう聞いただけで眉をひそめる人もいるだろう。

“アーティストへの冒涜だ”“魂のない模倣だ”と。もちろん、その気持ちはわかる。ただ、ひとつ提案したい。

“魂”という言葉にあまりにも厳格すぎる人は、時に音を聴く自由を失う。

音楽は、崇拝の対象である前に、まず“聴かれる”ために生まれている。

AIだろうが、猫だろうが、そこに“鳴っているもの”が心を動かすなら──それはもう、音楽だと思うのだ。

というわけで、今回から始まるコラム「AIが奏でる“人間らしさ”という病」では、AIが再構築した名曲たちを紹介したい。

倫理ではなく、音そのものの面白さを語る場として。

Bon Jovi「Livin’ on a Prayer (Soul Ver.)」アリーナの祈りが、ソウルに変わる瞬間

原曲「Livin’ on a Prayer」(1986年)は、ボン・ジョヴィの代表曲にして、アメリカンハードロックを象徴する1曲だ。トークボックスによる特徴的なギターリフ、労働者カップルの希望を描いた歌詞、アリーナを揺らすコーラス──そのすべてに“80年代の熱狂”を刻みつけている。

そんなハードロック史に名を残す名曲を、ソウルファンクとして再生。60~70年代の温度感をまといながら、ビートは2020年代の粒立ちで鳴る。ハイハットは乾いてタイト、ベースラインは湿度を含んでうねり、ボーカルはどこかゴスペルのような厚みを帯びている。ラスサビ直前、声が張り裂ける瞬間にブラスが絡み、原曲が持っていた“押し出す力”が、“抱きしめる力”に変わる。硬質なサウンドの中にあった闘志が、ここでは人肌の温度を帯びた情熱として立ち上がる。ロックがソウルへと“体温を取り戻す”瞬間だ。

もしボン・ジョヴィがモータウン・レーベルと契約していたら──そんな“もうひとつの歴史”を、AIが真顔で鳴らしてみせたようでもある。

このトラックを公開しているのは『Fake Music』。登録者17万人を超える、AI音楽ジャンルの中でも今最も注目を集めるYouTubeチャンネルだ。ハードロックやヘヴィメタルの名曲をソウル/ファンク系に再構築したアレンジを中心にしながら、シンセポップ調への変換や、ヒップホップ楽曲をニューメタル風に仕立てた実験的カバーなども多数公開している。ジャンルをまたぎ、音の文脈を再編し続けるその試みは、まさに“AIによる音楽的カルトーグラフィー(地図作成)”と言っていい。

Slipknot「Duality (Brass Band Ver.)」怒号がスウィングに変わる瞬間

原曲「Duality」(2004年)は、アメリカのヘヴィロックバンド・スリップノットが持つ攻撃性と繊細さを象徴する1曲だ。“I push my fingers into my eyes!”という冒頭の叫びに象徴されるように、外界への怒りではなく、内側へ向かう衝動を描いた作品である。

その混沌を、ブラスバンドというまったく異なる文脈で描いている。『Fake Music』によるこのアレンジは、金管の咆哮と軽快なパーカッションで原曲の重苦しさを軽やかに包み込み、破壊の衝動を“リズムの快楽”に変えている。

メロディは原曲のままなのに、響き方がまったく違う。トランペットが叫び、トロンボーンが笑う。重低音のリフが、ジャズのように陽気にスウィングしていくのだ。ここにあるのはパロディではなく、音楽的構造の置き換え。怒りがグルーヴへと翻訳される瞬間だ。

スリップノットを、こんなにも“楽しく”聴けるとは。AIがやっているのは、破壊ではなく再文脈化である。

Pantera「Cowboys from Hell (Funk Fusion Ver.)」悪魔は踊る。メタルが笑う

パンテラの「Cowboys from Hell」(1990年)は、メタル史に刻まれた暴力的なギターリフと、アグレッシブなグルーヴで知られる。その鋼鉄のサウンドを、ファンク/フュージョンに転生させたのが、ここでご紹介するトラックだ。

イントロでは、切れ味鋭いギターカッティングが解き放たれ、ベースは低音を保ちながらもハネ、ドラムはスネアの抜けが軽やかに弾む。原曲では“叩きつける”リズムが、このバージョンでは“転がる”グルーヴへと変化している。

中盤、ギターソロのパートをハーフテンポのサックスソロに置き換え、熱量のベクトルを“爆発”から“陶酔”へとシフト。まるで、メタルの悪魔がファンクのステージで踊らされているようだ。

AIが再構築したのは、音そのものだけではなく、“重さの美学”そのものの転換である。

AIが奪うもの、AIが解き放つもの

AIが人間の仕事を奪うという話をよく聞く。けれど、少なくともこのカバーたちは、“人間が作った名曲”を奪うのではなく、別の耳で聴く自由を与えている。

音楽の未来を決めるのは、倫理でもテクノロジーでもなく、“気持ちよさ”だ。──その一点を信じて、次回もAIが奏でる奇妙で美しいカバーを掘っていきたい。

舞音(まいね):カルチャーコラムニスト。音楽、文学、テクノロジーを横断しながら“感情の構造”をテーマに執筆。AIと人間の創作を対立ではなく共鳴として捉える視点が特徴。

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