
女性監督として初めてベルリン国際映画祭の最高賞<金熊賞>を受賞したハンガリーの巨匠、メーサーロシュ・マールタ。その作品群を集めた特集上映「メーサーロシュ・マールタ監督特集 第2章」が、11月14日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で順次公開される。
本特集は、2023年に開催された第1章に続くもので、今回は日本初劇場公開となる全7作品を新たにレストア/HDデジタルリマスターで上映。血と記憶に刻まれた個人史と、戦後ハンガリーの激動を交錯させながら描かれた“東欧の奇跡”とも称される映像世界が、鮮やかに蘇る。



「女性が自分であること」を貫く美しさ
1968年の長編デビュー作『エルジ』以来、マールタ監督は一貫して“女性の生き様”を描いてきた。抑圧や不条理に抗いながらも、自らの意志で生き抜く女性たちの姿を通して、「自分であること」の尊厳を映し出してきたのである。
今回の特集では、孤児として育った女性の心の彷徨を描いた『エルジ』、中年女性の閉塞と連帯を描く『月が沈むとき』、社会的階級が愛を蝕む『リダンス』など初期の代表作をはじめ、アンナ・カリーナを主演に迎えた中期の傑作『ジャスト・ライク・アット・ホーム』など、時代とともに変化する“女性”と“家族”の関係を多面的に照らす珠玉の7作品がラインナップされている。



世界が注目した“日記三部作”の全貌
中でも注目すべきは、監督自身の記憶を投影した『日記』三部作である。
『日記 子供たちへ』(1984年カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ)、『日記 愛する人たちへ』(1987年ベルリン国際映画祭銀熊賞)、『日記 父と母へ』(1990年)──いずれも冷戦下のハンガリーを舞台に、政治の暗影と個の尊厳を繊細に描き出した名篇である。少女ユリの成長を軸に、国家と家族、そして“記録すること”そのものの意味を問うこの三部作は、メーサーロシュ・マールタの自伝的記録映画としても位置づけられる。



アニエス・ヴァルダも魅了された独自の眼差し
メーサーロシュ作品は、アニエス・ヴァルダやイザベル・ユペール、デルフィーヌ・セリッグら多くの映画人に影響を与えた。ヴァルダはかつて「彼女の映画には女性の沈黙の声がある」と語っており、その静かな力強さこそが、今日のフェミニズム映画の源流ともいえる。
監督自身も2023年の特集上映に寄せて、「自由の問題も女性の状況も、私が映画を撮った頃からあまり良くはなっていない。だからこそ、これらの作品は今の時代にも有効でしょう」とコメントを残している。半世紀を経た今、彼女のフィルムは決して過去の記録ではなく、現代への問いかけとして再び息づくのである。



アンナ・カリーナらが彩る“自分である”女性たち
今回解禁された場面写真は計24点。アンナ・カリーナが憂いを帯びた表情で電話を握る『ジャスト・ライク・アット・ホーム』の一幕や、『エルジ』でお揃いのエプロン姿を見せる少女たち、『日記』シリーズで成長したユリがドレスアップした横顔など、いずれも“自分であること”を貫いた女性たちの美と意志が焼き付けられている。
メーサーロシュ・マールタ監督特集第2章は、時代とともに埋もれかけた記録映画の輝きを呼び覚まし、スクリーンにおける女性表現の可能性を改めて問い直す企画である。冷戦、家族、恋愛、そして自由──そのすべてを女性の視点で描き切った稀有な作家の再発見となるだろう。






メーサーロシュ・マールタ監督特集 第2章
2025年11月14日(金)より
新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
公式サイト:meszarosmarta-feature.com
© National Film Institute Hungary – Film Archive